「おふくろ」という存在。

投稿者: | 2017年10月19日

私が急性大動脈解離発症して緊急手術となった時、私の周囲の人々には少なからぬ波紋が広がりました。

仕事で直接関わる方々はもちろんですが、肉親や親類などのプライベートな繋がりの中でも、ちょっとした「有名人」になりました。
色々と気にかけてくださって、本当に有り難かったです。

そんな中で、私の一番の肉親である「おふくろ」の件。
私が急性大動脈解離で倒れた時、おそらく一番心配していたのはおふくろでしょう。

故郷の博多からすぐに私の入院している病院に駆けつけてくれました。
まだICUにいる時に面会に来てくれたのですが、まぁこっちが心配したくなるほど心配そうな顔つきをしていました。
自分の息子が色んな機械に繋がれている状況を見ると、それはやはり辛かったのだろうな、と他人事ながらそう思います。

退院して初めての夏、福岡へ里帰りしました。
その時も常に私の身体のことを心配していました。
無理するな、減塩しろ、ちゃんと睡眠時間を取れ、などいろいろ言ってきます。
私は、「わかった、わかった」と軽くあしらい、「大丈夫だから心配するな」と念押しする毎日。

私がランニングを再開した、と聞いた時は、血相を変えてそれを止めさせようとしました。
「ランニングって言っても早歩きの延長みたいなもんやけん、何も心配せんでいいばい」
おふくろを説得するにも時間がかかりました。

おふくろにとっては、いくら子供が歳を取ったとしても、子供は子供。
子供が何をやるにしても心配なようです。
私も子供を持って、その気持ちは痛いほど分かります。

でも、子供というものは、親から「ああやれ、こうやれ」と言われれば言われるほどそれに反発する生き物です。
昔からそうですが、親から押し付けられたことをその通りにやった記憶がありません。
今回も、おふくろの指示には従う気は全くありませんでした。

ただ、おふくろの私への気持ちだけは、しっかりと受け止めました。
心配をかけたのは自分の病気のせい。
その心配を軽くしてあげるのは私の責任でもあります。

そのためには、常に自分が健康で、順調である姿を見せ続けなければいけません。
これは私が大動脈解離を起こそうが起こすまいが、きっと一緒のことでしょう。

親は子供を心配する生物。
子供は親の言うことを聞かない生物。
その共存こそが家族なのかもしれません。

自分が常に健康であることを見せ続けること。
これが一番の親孝行であると信じています。

 

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