ひとがしぬということ。

投稿者: | 2017年6月24日

 

今日、仕事である病院を訪れました。
アポイントの時間までまだ余裕があったため、その調整で待合室のベンチに腰掛けました。

すると、正面に座った女性2人。
そのうちの50代くらいの女性が嗚咽をあげながら泣いています。
隣に座っているもうひとりの女性が、肩をさすりながら寄り添っています。
きっとですが、ご自身もしくはご自身の家族に、ひとかたならぬ事象が起こったものと推察されます。
私は、いたたまれなくなり、その場をそっと離れました。

 

今日、小林麻央さんが亡くなりました。

乳がんであることを公表。
日々の闘病生活をブログに投稿。
ありのままの自分、そして思いを綴ってきたのでした。
私も奇跡を信じ、彼女の状況にはずっと注目していました。

ネットでこの訃報に接した時、正直なところ、すかさずスマホのホームボタンを押しました。
このニュースは聞きたくない。見たくない。

今まで多数の有名人の訃報に接してきましたが、これほどの喪失感は初めて。
とにかく、残念という思い。

待合室で出会った女性。
麻央さんの死。
そこには似たような空気が流れていました。

ひとがしぬということ。
これはどういう意味を持つのでしょう?

朝が来て、夜が来る。
目が覚めて、再び眠る。
花が咲き、花が散る。
ひとが生まれ、ひとが死ぬ。

自然の摂理ではあるけれども、この失望感、喪失感は堪え難い。

人間としての運命です。

 

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