もし今日が人生最期の日だったら、自分は何をするだろうか?

投稿者: | 2017年12月29日

もし今日が人生最期の日だったら、自分は何をするだろうか?

これは究極の質問です。
そんなことを考える必要なんてないのかもしれません。
でも、その質問によって気づかされることは多々あります。

自分の人生で使える時間には限りがあります。
誰しも、時間が無限にあるわけではありません。
人生には限りがあるからこそ、その時間を大事に使わなければなりません。

このことは、冒頭の質問とほぼ同じ意味を持ちます。
毎日をいかに良く過ごしていくか?
そこを突き詰めていくこと。
人生における重要なテーマでもあります。

大動脈解離という病気。
発症すると命に関わります。
そしてそれはいつ起こるか分かりません。
大動脈解離を起こした経験のある人は、再発という時限爆弾と常に向き合っていかねばなりません。
だからこそ、毎日を良く生きたい、と願います。

でも、それを深く考えすぎるのもまた、あまり意味のないことです。
イメージと現実は常に乖離するもの。
そこを思い悩むことになれば、本末転倒です。

人生には過程があります。
若い時期、壮年の時期、老年の時期。
その時期によって、その瞬間瞬間で感じられる価値観は違ってきます。
何が楽しいのか?何が悲しいのか?
何が正しいのか?何が悪いことなのか?
それは日々流転するものです。

今日が人生最期の日だったら、自分は何をするだろうか?
その答えは自分の中にあります。
その瞬間瞬間で感じられる価値観の中で、正しいと思うことを行うこと。
無駄と思えることに時間を使うのはもったいないです。

毎日を良く生きること。
その難しいテーマに向かいあっていきたいと思います。

今日は休日の日課となった浅草へのお散歩。
お正月の準備を終えた浅草寺には、今日も多くの観光客が押し寄せています。
この街には、元気なエネルギーが満ち溢れています。
そのいいエネルギーに触れることで、私も自然と元気が湧いてきます。
浅草は私にとって大事な街。そんな浅草が大好きでたまりません。

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