アサヒビール本社スカイルームでビールを堪能。上京時の純粋な気持ちに酔いしれた

投稿者: | 2017年1月9日

今、ご近所にあるアサヒビール本社22階のスカイルームで、スーパードライ エクストラコールドを飲みながら、外の景色を眺めています。
ここは本当に景色がいい。
今日は2017年1月9日、三連休最終日。
昨日からの雨もあがって、空気が澄みわたり、美しい景色が眼前に広がっています。
遠くは富士山を望み、秩父の山々もきれいです。
そして、このビルの麓から山々の近くまで、住宅やマンション、ビルが立錐の余地もなく建ち並んでいます。
ビールを煽りながらこの景色を見ていると、ふと自分が東京に出てきたときのことを思い出しました。

 

私は生まれも育ちも福岡市。
福岡市は、ご存知の通り九州の中心地。
自然と都市の調和、食べ物のおいしさ、人情。
どれをとっても住みやすい、大好きな街です。
ただ、大学選定の段階で、東京に出てみたいという抑えきれない衝動が沸き起こりました。
別に東京に行って何かを成し遂げたい、という夢があったわけでもありません。
でも、このまま福岡に留まって生きていくことは、なんか違うな、という感覚がありました。
大学受験という人生の岐路に立った段階で、福岡に残るという選択肢は存在しませんでした。
東京の大学に行くことを決意しました。

 

でも、その当時の我が家には、私を東京の大学に行かせる経済的余裕はありませんでした。
そこで、東京に行くということを親には告げず、横浜に住む叔父に相談しました。
叔父が言うには、「新聞奨学生」という制度があるぞ、ということを教えてくれました。
要は、新聞配達業務をやりさえすれば、大学の入学金から授業料、給料まで全て賄ってくれる、という制度です。
私にとっては願ったりかなったりの素晴らしい制度でした。
私はそれに飛びつきました。
すぐに申し込みを行い、上京の準備を始めました。
準備はしましたが、その年の募集はすでに終了。
その年の東京移住は断念せざるを得ませんでした。
そこで、福岡で一年間浪人し、翌年から東京に行くというプランで、諸々の準備を始めました。

 

その一年間の福岡での浪人生活は、ひとことでいうと辛かったな、という印象しか残ってないです。
予備校に行くお金もなかったので、昼間はアルバイト、夕方から深夜まで勉強という毎日。
アルバイトでは、運よく仲間にも恵まれ楽しく過ごすことができましたが、受験勉強については、体力的にも精神的にも限界近くまで自分を追い込んでいました。
あの浪人時代には絶対に戻りたくないな、というのが一番の印象です。
ただ、その苦労の甲斐もあり、受験料やら上京に掛かるお金を稼ぎ、受験の準備が整いました。

 

そしていよいよ上京の日。
東京へは新幹線で向かうことにしました。
印象的だったのは、上京のその日は、東京で何十年ぶりかの大雪だったこと。
30センチ近い積雪があり、新幹線は大いに遅れました。
ただ、そんなのんびり走る新幹線の車窓からの景色は、とても印象深いものでした。
多摩川を渡ったあたりから車窓の景色が一気に変わります。
まさにぎゅうぎゅう詰めに建ち並んだ家やらマンション、ビル群。
初めて見る景色に圧倒されました。
東京はやっぱりすごいな、そのときは純粋にそう思いました。
押し寄せる感動。
そして、これが今から自分が住むことのなる街か、と思うと興奮が止まりませんでした。

 

このアサヒビール本社スカイルームからの景色を見たとき、あの当時のそんな興奮が思い起こされました。
この東京で年齢を重ね、長い生活の中でこの街にも慣れ親しみ、当時の気持ちは遠い過去のものとなっていました。
ビールをあおりながら、ほんの少しだけあの頃にタイムスリップ。
心地よい時間を過ごすとともに、あの頃の感動や興奮を大事にしたい、と思わずにはいられませんでした。

 

アサヒビール本社22階 スカイルームより

 

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