人間万事塞翁が馬。人生の不思議さを思い知る。

投稿者: | 2017年10月8日

人間万事塞翁が馬。私が好きな言葉のひとつです。
幸不幸は予想ができない事の例えとして使われます。

そもそもこの話は、中国の書物「淮南子(えなんじ)」に書かれています。

 

中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。
さらに北には胡という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。

ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。
この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ。」

そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。

「このことが災いにならないとも限らないよ。」

しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ。」

1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で死んでしまいました。
しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。

 

私は急性大動脈解離を発症し、死の間際まで行きました。
機械弁が埋め込まれ、ワーファリンが手放せない身体となりました。
さらに1ヶ月間の入院を強いられ、仕事ができない状況に追い込まれました。
普通に考えたら、大動脈解離を発症してなんて運が悪いんだ、と思われがちです。

でもこの入院期間を経て、今までの生活習慣がすっかりと変わりました。
たっぷり読書の時間が与えられ、テレビを観ることも無くなり、自分の人生についてしっかりと見直す時間が与えられました。
新しい習慣が身に付き、間違いなく人生が好転した、と思っています。
この大動脈解離がなければ、決してそのような人生の転換はなかったと思います。
大動脈解離になって、結果的に良かったのだ、と本気で思えるようになりました。

まさに、人間万事塞翁が馬、です。
幸福と思えることが不幸の始まりだったり、逆に不幸なことが幸福へ向かうタネだったりします。

人生の不思議さを思い知りました。
自分の運命を変えるような出来事が、きっとこれからも待ち受けているはずです。
その機会を楽しみにしたいと思います。

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