叱ってくれる人を持つことは幸せなことである、とはいうけれど。。

投稿者: | 2017年4月11日

経営の神様、松下幸之助先生はこう言います。

『叱ってくれる人を持つことは幸せなことである。』
叱られて、落ち込んだり、腹を立てたりする人は多いでしょうし、ある意味普通な反応です。
叱られて、幸せに思う人はきっと少ないでしょう。
叱られることを幸せと思える人は、「自分を成長させたい」という望みがあるのではないでしょうか。
「自分を成長させたい」と強く望む人は、イヤな気もちになること・苦しいこと・不幸なことも「自分を育てるいい教師」と考えられるのです。
愛情をもって叱ってくれる相手がいる人は、「幸せなこと」だと考えてみてはいかがでしょうか。

松下幸之助先生の仰るとおりだと思います。
叱るという行為は、ある意味では愛情表現でもあるのです。
愛情が無ければ、叱ることもないでしょうし、コミュニケーションを取らないはずです。
叱ってくれる人を持つことは大事なことなのです。

しかし、最近私は叱られることが多くなりました。
とある会社のプロジェクトで失敗し、その後始末をしっかりやらないと会社に大きな損失を与えかねない正念場を作りました。
社内・社外への謝罪行脚を行うことが多くなりました。
その際に、怒られ、叱られ、なじられることもしばしば。
決して楽しく前向きな仕事ではありません。
たまに心が折れそうになります。
かなりストレスフルな状態まで来ています。

でもある面では、これは自分の成長のために課せられた試練だと思うと、自分の中のスイッチがONになります。
くじけてばかりいたって何の解決にもならないぞ、前に進もうが後ろに戻されようが、動き続けることが大事なのだ、と自分に言い聞かせます。
むしろ叱ってくれる人は自分に期待してくれていることの証なんだ、幸せなんだ、と思うように心がけています。

松下幸之助先生が仰っている言葉の本当の意味が分かるまで、頑張っていこうと思います。

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