多死社会を迎えて思うこと

投稿者: | 2018年4月29日
新聞を読んでいるといつも、訃報欄に自然と目が向いてしまいます。
大手企業の幹部、政治家、芸能人、その他有名人。
毎日多くの方々の情報を目にします。

中身を読んでいると、告別式などの情報のほか、死因も書かれていたりします。
がんや心不全、肺炎、老衰などに混ざって、そこそこの頻度で「大動脈解離」という病名を目にします。
そういう記事を見るにつけ、不謹慎ですが親近感が湧いてきます。
私と同じ境遇の方々が、全国各地に多くいらっしゃるんだな、と。

そしてまた、この大動脈解離がまさに死と隣り合わせの病気であることも再認識させられます。
自分の運の強さ、そして生かされていることの意味。
改めて強く意識するのです。

「多死社会」といわれてもう久しいです。
厚労省が発表した平成29年の人口動態推計値によると、出生数94万1,000人に対して、死亡数134万4000人。
実に40万3000人の自然減となっています。
2025年には死亡数160万人との推計もあります。
これからの時代、ますます死が身近な話題になっていきます。

かといってそれを悲観することはないように思います。
多死社会は、日本という国家が成熟した証でもあります。
若者と老人で生き方が違ってくるのと同様に、成熟期を迎えた日本人の生き方も新興国家のそれとは違うはず。
新たな生き方を模索し、この環境の変化に対応することの大事さを感じます。

人間の生活習慣も同じ。
歳をとっても若い時と同じような暴飲暴食を繰り返せば、間違いなく病気となって命を縮めます。
自分の置かれた状況を冷静に分析して、自分に合った生活習慣を実践する。
それができるかできないかが運命の分かれ道となるのだと思います。

変化に対応して生きていくこと。
これはいつの時代にも大事なことだと改めて強く感じさせられました。

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