子供に対する医療費補助。安易な受診を助長してはいないか?

投稿者: | 2017年8月6日

先日、私の子供が「自然気胸」にかかり入院しました。
肺に穴が開いて空気が漏れる病気。
成長期の痩せ型の人によく起こる病気。
私も16歳の高校一年生の時に、この病気をやった経験があります。

うちの子供は手術を含めて約2週間、入院と加療を必要としました。
その医療費は、というと、我が家族が住む墨田区では15歳までは無料。
我が家の家計に負担をかけることなく、治療が行われたのでした。

今回の手術、入院にどれくらいの医療費が掛かったかは分かりません。
でも、「治療費無料」という恩恵を受けることができて、本当に有難い気持ちになりました。
少なくとも私が自然気胸で入院した当時は、親の話を思い出すとなんやかやで30万円出費した、という話を聞きました。
その当時は、家計を圧迫して親に対しては申し訳なかったな、という気持ちになったものです。

子供の医療費無料という公的サービスは、少なくとも入院・加療が必要な人々にとっては非常に大きなセーフティネットとなります。
よって、少子高齢化に悩む地方自治体は、人口の流出に歯止めをかけ、逆に人口流入の切り札としてこのサービスを拡大させています。

一方で、医療費無料ということが、子供の過剰な診療の温床になっている、という問題も引き起こしています。
無料ですから、親御さんにとっては、子供がちょっとした風邪や身体の変調があったら、とりあえずお医者さんに診てもらおうという意識が働きます。
普通であれば、風邪程度であれば自宅で療養して経過を観る、というのが普通です。
でも、ちょっと鼻水が出たから、咳しているから、ということで、無料だからお医者さんに診てもらおうという意識が働く。
これはある意味当然の消費者行動です。

そうやって本来不必要な医療費が、国費から捻出されていくことになります。
それが国民医療費を圧迫している、というのであれば、やはり問題提起せざるを得ません。
そのことが、本当に治療が必要な子供たちにその財源が配分されない、という本末転倒の事態を生む温床となっているのであれば、早急な改革が必要になっていきます。

国費が使われている以上、それを使う際の明確な判断基準が定義されるべきでしょう。
重症で本当に治療が必要になった場合に限り無料にする、といった定義づけも必要なのかもしれません。

日本はいま、医療提供の仕組みを大きく変革しようとしています。
なるべく病医院にかかることをせず、セルフメディケーション、いわゆる「健康の自己管理」に動いています。
小児の医療費無料という仕組みは、ある意味でこのセルフメディケーション時代に逆行する施策といっても過言ではありません。
だからと言ってそれが否定されるということではありません。
本当に治療が必要なところにしっかりと財源を充てていく、というのがこの施策の骨子です。

医療費の無料化、というのは、国民にとっては本当にありがたいこと。
でも、少なくともこの日本には、それを賄うだけのお金はありません。どこにもありません。
その事実を踏まえ、適切な政策が行われていくこと。
そう願わずにはいられません。

今回の我が子供にかかった入院・治療費については、この医療費無料の恩恵を受けることができて、本当に助かりました。
この恩恵がこれからも続いていくことが、我が国にとって大事なことです。
これからの日本の社会保障に課せられた使命です。

 

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