新聞奨学生へおくることば【後編】

投稿者: | 2017年7月4日

私は高校卒業後、一年間浪人しました。
本当は卒業のタイミングで新聞奨学生になりたかったのですが、すでに募集が終了。
福岡で過ごさざるを得なくなり、予備校には通わず自宅浪人、いわゆるタクローをしました。
朝9時から午後2時までアルバイト。
受験料と当面の生活費を稼ぎながら、夕方から深夜まで受験勉強。
我ながら、あの時代にはもう戻りたくありません。

大学には、第一志望ではありませんでしたが、無事受かることができました。
晴れて上京。
19歳。新聞奨学生としての新しい生活が始まりました。
朝刊、夕刊の配達業務。夜の集金業務。昼間は大学へ。
生活のリズムを作るのは最初はしんどかったですが、すぐに慣れました。
正直な感想を言えば、仕事自体はそんなにキツくはありませんでした。
学費免除、生活費も充分すぎるくらい貰えるこの環境は、むしろ恵まれ過ぎているとさえ思いました。

4年間この生活を継続し、大学を卒業できた事には満足しています。
新聞奨学生制度の恩恵を最大限受けることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。

ただ、大学を卒業してからは、その大学生活に対して後悔ばかりが浮かんできます。
もっと勉強しておけば良かったな、というのは多少ありますが、留年せずに卒業できたので及第点です。
後悔はそんなことではありません。

卒業後後悔したことは主に2つ。

ひとつ目は、もっと真面目に仕事に取り組んでおけばなぁ、ということ。
新聞配達業務は、商売です。
部数を増やして売上を伸ばす。そうすれば利益もあがりお給料も上がる。
ビジネスとしては当然のことですが、その当時はこういったことをあまり考えていませんでした。

配達業務や集金業務など必要最低限の仕事をこなすだけ。
そうすれば学費なりお給料が貰えるから、部数を増やそうが減らそうが関係ない。
自分もその範囲内でしか仕事をしてこなかったのが事実です。

配達や集金の際にもっとお客さんと話し、コミュニケーションをとっていればなぁ。
もっと部数を増やす努力をしていればなぁ。
もっと商売のこと、経営のことに目を向けて仕事をしていればなあ。
そうすれば自分はもっと違った人間になっていたかもしれないなぁ。
今はそのことをとても後悔しています。

二つ目。
仕事場以外の人と、もっと人脈を作っておけばなぁ、ということ。
仕事場には仕事仲間がいます。
彼らとの関係も、生活を円滑に進めていくためにはとても大事ではあります。
ただ、自分の人生にとって大きなプラスになるものは、やはり大学での人脈です。
私にはそれが少な過ぎました。

自然と仕事優先の生活となり、大学では授業やゼミ以外で、誰かと交流を深めるようなことがありませんでした。
結局、私にとっての大学とは、四年制大学を卒業した、という称号を得るためだけのものになってしまっていました。
今になっても、とても悔いが残ることです。

仕事が優先とはいえ、あの当時は時間が有り余っていました。
仕事場の仲間と、パチンコやゲームに興じていたあの時間を、もっと大学に関わることに費やしておけばよかった。
サークルに入っておけばよかったなぁ。
ゼミの仲間とも、もっと交流しておけばよかったなぁ。
それをやらなかった自分。
もう戻ってこない時間です。

 

なにを今更そんなことを言っているの?
そんな言葉が聞こえてきそうです。

でも、自分が新聞奨学生として働いてきて、素直に感じたことです。

配達業務を全うするだけ、学校を卒業するだけでは勿体無い。
いま奨学生として頑張っている若者たちへ、おくることばとしたいです。

 

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