朝日の美しさに圧倒!いつまでも美しいものを美しく思える感性を持っていたい

投稿者: | 2017年1月4日

少し過去まで遡ります。
私は学生時代、新聞配達をしていました。
九州から上京するため、新聞奨学生の仕組みを知って、それに飛びつきました。
大学時代の4年間を、新聞配達ととも過ごして来ました。

新聞配達という仕事、見た目には非常に地味です。
朝早くからひたすら新聞をポスティング。大変だなぁと思われる仕事の一つです。
実際には、そんなにきついことはないです。
朝の3時に起床して新聞を配達、通常であれば5:30から6:00には朝刊配達は終了します。
夕刊は15:00に始まり、17:30にはあがれます。
体力有り余る20歳前後の人間にとっては、全く苦には感じませんでした。
拘束時間が一般の人に比べて違うことが、大変そうなイメージを抱かれます。
でもいうほど大変じゃないです。
ただ、大学の友人たちが遊ぶ時間に、仕事に従事しなければならないという不自由さが、大変さを醸し出しているのかもしれません。

新聞配達をしていて、楽しみがいくつかあります。
スポーツ新聞をタダで読めたり、一般の学生に比べて収入がかなりいいので、仲間とよく飲みに行ったり。
悪くはない仕事でした。
そんなことよりも、自分の中での楽しみは別のところにありました。
それは、朝日の美しさを独り占めできることでした。

世田谷区の若林4丁目あたりが私の配達区域でした。
東急世田谷線の松陰神社前が最寄り駅。私の配達エリアです。
まさに松陰神社の裏、ちょうど国士舘大学の裏手にあり、若干高台に建つマンションが自分の受け持ちでした。
そこから見る朝日がとても美しいのです。
その美しさ、表現は難しいですが、夜の黒、太陽のオレンジ、その中間にある色のグラデーションがものすごく美しい。
白やらピンクやら紫やら、いろんな色が混じり合って、言葉にならない。見たこともない色。神秘的な色。文字通り神を感じる色でした。
その朝焼けにじっと見入ってしまいます。
しばし新聞配達のことを忘れて、その朝日の美しさに見入ります。
そのマンションからは、朝日の方向に東京タワーが立っており、東京という憧れの街で、自然の美しさを堪能するという贅沢を味わうのです。
特に冬の空気が澄んだ日の朝日は格別です。涙が出るほど美しい。
時には朝日を見るために、配達を中断して、そのマンションまで見に行っていました。

この瞬間を何度も何度も経験しましたが、全く飽きることはなかったです。
むしろずっとこの光景を見ていたい。
この東京に出て来て本当に良かったなと思えることの中で、この光景に出会えたことは間違いなくひとつの要素となっています。
贅沢な時間でした。

今年の年末年始は、東京はずっと穏やかな快晴が続きました。
久しぶりにこの朝日が見てみたいと思い、今年の元日、早起きして朝の6:30位から東の空をずっと眺めていました。
まだ薄暗い。辛抱強く待ちます。
徐々に東の空が白々としてきます。ショーの始まりです。
20年前に見たその景色が目の前に広がります。美しい。
心が洗われる、とはこのことを言うのでしょう。
非常にリラックスして、心のどこかで感動の興奮があって、それはもう至極の時間でした。

美しいものを美しいと思える感性は、20年経った今でも色褪せてはいませんでした。
今自分が生きていること、元気で生きていること、これは本当に大事なことなんだ、と改めて感じました。

大動脈解離という大病が、そのことを教えてくれたのだと思います。
そしてまた同じ20年後、同じく朝日を見る機会があるのなら、その時も変わらず美しいと思える感性を持っていたい、と強く思いました。

そのためにやるべきことは何か?常に考えながら生きていたいな、と思いました。

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