目の前の交通事故は偶然か?

投稿者: | 2018年12月30日

先日、仕事を終えて、会社から自宅へ自動車を走らせていました。
自宅近く、片側一車線の生活道路。
私の直前を走る普通乗用車が、突然センターラインを超えて逆走を始めました。
前方から走ってきた自転車をはね、対向車線側のガードレールにぶつかって停車。
まさに突然の出来事。
私は重大事故の目撃者となってしまいました。 

すぐに車を止めて救援活動を行います。
自転車を運転中にはねられた被害者は、30歳の女性。
5メートルほど飛ばされたでしょうか。
でも幸い意識ははっきりしており、脚が痛くて動けないとのこと。
救急車が到着するまで、動かさずにその場で待機。


一方の加害者側。
60歳前後の男性でした。
事故後も運転席に座ったままぐったりした様子。
外傷はなかったようです。
話しかけても、うーんと唸るばかり。
明らかに意識が遠のいている。一見して病的なものを感じました。



パトカーとそのあと救急車が到着。
女性は救急隊員の処置の間、痛みのため悲鳴に近い声をあげます。
その声がとても痛ましく、聞くのがとても辛かった。
そして程なく病院へと運ばれていきました。


一方の加害者側の男性。
警察官が対応しているうちに意識が戻ったのか、運転席から立ち上がり車外へ出てきました。
フラフラと千鳥足。
しばらく警察官とやりとりした後、こちらも救急車で運ばれていきました。


目の前で起こった交通事故。
複雑な思いが頭をよぎります。
被害者への対応。痛みに苦しむ女性をただ見ているしかできなかった無力感。
加害者に対しては、女性を苦しめているいう事実に対する怒りの気持ち。


それと同時に、自分自身いつでも加害者になり得るのだ、という恐怖にも似た思い。

7年前、私の身体で起こった急性大動脈解離。
意識を失い倒れ込んだという経験。 もしそれが自動車の運転中であったなら。
目の前で起こった事故は、偶然ではなく必然となるのです。

複雑な思いを胸に帰路につきました。

交通事故。
加害者にも被害者にもなりたくはない。
そう強く思うことしかできませんでした。

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