祖母が流す涙の意味。その解釈は私個人の課題。

投稿者: | 2017年8月26日

今日、子供の夏休みの宿題である読書感想文を手伝っていた時のこと。
その読書のテーマが家族に関することでした。
自分の家族について思いを巡らせているうちに、私の祖母のことが思い起こされました。

私には母方の祖母が存命です。
大正12年生まれの94歳。
健在、という表現はそぐわないかもしれませんが、病院のベッドで、安定した状態で今も過ごしています。

祖母がいなければ、私の今の人生はありません。
私が高校3年生の時、我が家の家計は破綻状態。
学費どころか日々の生活にも支障を来していました。
私は高校卒業とともに、東京に出て新聞奨学生として生きていくことを決意していましたが、すでにその募集が締め切られていました。
来年度まで待たなくてはならなかったのですが、私のその浪人時代を支えてくれたのが祖母でした。

今思えば、年金暮らしで決して余裕があるわけではなかったはずなのに、私を下宿させ、大学受験までの一年間の生活を嫌な顔ひとつせず支えてくれました。
私も朝から夕方までアルバイトしながら、夜は受験勉強。
いわゆる自宅浪人でしたから、本当にこの勉強でいいのか、不安とストレスに苛まれながら毎日を過ごしていました。

結果として、第一志望ではありませんでしたが大学に無事合格。
新聞奨学生になる事も決まり、東京での新しい人生をスタートさせることが出来ました。

厳しい浪人時代でしたが、そんな時期を一番身近で私を支えてくれたのが祖母でした。
それが無ければ、今の私はありません。
献身的に支えてくれた祖母の存在があったからこそ、今の自分があります。
祖母には感謝してもしきれません。

そんな祖母ですが、私が大学を卒業して社会人生活をスタートさせた年に、脳梗塞で倒れました。
治療後は右半身にマヒが残りましたが、日常生活は送れていました。しばらく小康が続きました。
祖母にとっての初孫である私の子供を抱っこしてくれました。
その姿が今も胸に焼き付いています。

ですが、その後すぐに脳梗塞を再発。
それもなんとか乗り切りましたが、身体を起こすことが出来なくなり、認知機能も低下。言葉によるコミュニケーションも取れなくなってしまいました。
それ以来、二度と家に戻ることはなく、病院での寝たきり生活が今も続いています。

福岡へ帰省した時は、病院の祖母の元へ必ず顔を出します。
私がベッドのそばで「ばあちゃん、帰ったよ」と声をかけると、必ず涙を流します。
最近は、認知機能もさらに低下し、恐らく白内障で目もよく見えていないはずなのに、私がそばに行くと必ず涙を流します。

この祖母の涙が何を意味しているのか?
その解釈は、私個人の課題です。
祖母の認知機能も落ちていて、目も見えていないはず。言葉も聞こえているかは分からない。
でも私が近くにいくと涙を流している祖母。

私への変わることのない愛情を表現してくれているに違いない。
私が孫として存在してくれている事に感謝してくれている。
私の存在自体が、祖母にとっての幸せなんだ。
私はそう勝手に解釈しています。

祖母にとっては、私が生きてこの世に存在しているということだけで充分幸せなのかもしれません。
私が祖母のためにできることはそれだけでいい。

でも、その生を如何に充実させるかもまた自分の課題。
祖母のために、自分のために、自分の人生を考えるいい機会になりました。

今年の夏は、種々の事情で福岡へ帰省することが出来ませんでしたが、近いうちにまたおばあちゃんに会いに行きたいと思います。

 

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