足がクサければ靴は脱ぐな!自分を客観的に見られる人、見られない人の違いとは?

投稿者: | 2017年2月16日

昨日から飛行機に乗って福岡へ出張に出かけました。
その飛行機の中でとても不快な思いをしました。

隣に座った中年ほどの背広を着た男性。
その男性は、飛行機の出発時間に遅れて乗ってきました。
時間になってもなかなか出発しなかったのは、この男性のせいでした。
まぁ、このくらいのことならどこでも起こるもの。
特に気にはしませんでした。

そして離陸。
すると、ほどなくプーンと嫌なニオイが臭ってきます。
何のニオイだろうと思って周りを見てみると、隣に座ったその男性が靴を脱いでいたのです。
紛れもなく、この男性の足のくさーいニオイでした。
これはたまりません。

おそらく自分もこのニオイには気づいているはずです。
でも、それを構うことなく、平然としています。
自分さえ良ければそれでいい、周りのことなどお構い無しの神経です。
というより、自分のこと以外何も見えていないのでしょう。
残念な人だな、とこちらが情けなくなってきました。
とても不快な気持ちになりましたが、そこをぐっと我慢して、マスクをしてこの飛行機の時間を過ごす羽目になりました。

自分を客観的に見られる人と見られない人がいます。
隣の男性は間違いなく後者です。
自分の姿や形だけでなく、自分の振る舞い、言葉遣い、態度が周囲からどのように見られているかを想像できる能力は、この社会を生きて行く上では非常に重要な要素となります。

それは、自分と相手、という関係性から始まって、自分と周囲の人たち、自分と自分が所属する地域や会社、自分と日本、自分と世界、というふうに俯瞰的にみることができる能力は、それが高ければ高いほど人間としての価値が上がっていきます。
リーダーシップ論で言うところの、ヘリコプターセンス、俯瞰的に物事を見る能力です。

自分しか見ることができないことは、社会人の常識的センスとして、論外と言わざるを得ません。

でも結構な割合でこの社会に存在していることもまぎれもない事実です。
少なくとも自分と相手、自分と自分に関わりがある人との関係性を見ながら生きていくことは、社会人としては必須の能力です。
その俯瞰力を高めようと日々努力していくこと。

この社会でより豊かに生きていこうと思えば、とても大事なことのように思います。

自分の足がクサイと思う人は、人前で脱がない。
最低限のマナーすら守れない人とは付き合いたくないですね。

そういう人たちが減っていくことを願わずにはいられません。

 

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