後遺症を残さずに急性大動脈解離から復活できた本当の理由とは?

投稿者: | 2016年12月23日

仕事中に急性大動脈解離を発症

2012年1月21日、曇りがちで時折雪が舞う寒い日でした。
私は、都内にある大型ホテルの宴会場にいました。
医療関連の業界団体が開催する賀詞交換会に上司と参加。
医療関係者を中心に400〜500名はいたでしょうか。
立食パーティ中、軽くお酒を飲みながらお客さまと立ち話をしていた時に、それは起こりました。
胸部から腹部にかけ、突然激痛が走ったのです。
表現は難しいですが、まるで熱湯が身体の奥を一気に流れていく感じでした。
今までに感じたこともない、嫌な感じの痛みだったことを記憶しています。
さすがにこれは危ないと思い、立ち話をしていたお客さまと上司に失礼を申し上げた後、近くにあるイスに腰掛けました。
上司が大丈夫か?と声をかけ、それに応じようと起立した時、私は気を失い、その場に倒れこみました。
30秒ほど失神していた、と後から聞きました。
目が醒めた時、私は宴会場の赤い絨毯の中に頬をうずめて、横たわっていました。
そして、多数の革靴が私の目の前を行き来しているのを、ただただ眺めていました。

 

幸運の連続。発症後すぐに緊急搬送。これが運命の分かれ道だった。

私は非常に運が良かったのです。
医療関係者が集う宴会中に、宴会場のふかふかの絨毯の上に倒れこんだのですから、奇跡というほかありません。
さらに、私の倒れる様子を、周囲の関係者がしっかりと見てくれていました。
そのおかげで、後ほど救急隊員が到着したときには、その時の状況をつぶさに隊員さんへ伝えて頂けたのでした。
二人いらした救急隊員さんのうち、ベテランらしき隊員さんが、若手の隊員さんへ「心臓だよ、バカヤロウ」と叱り飛ばしていたことを、今でもはっきりと覚えています。
時間の感覚が鈍っており定かではありませんが、スムーズな初期対応により、かなり早い段階でストレッチャーに乗せてもらえていたと思います。

 

人生初めての救急車。すぐ近くの大学病院へ緊急搬送。

そして人生初めての救急車。上司が一緒に乗ってくれていました。
ここでも幸運は続きました。
すぐ近くの大学病院が受け入れ可能とのこと。
あっという間に病院に到着。すぐに処置室へ通されたのでした。

 

いつ遭遇するかわからない『運命の分かれ道』

出張中のホテルの部屋で急病で倒れてしまって、翌朝まで誰にも気付かれずに命を落としたり、車の運転中に病気を発症して他人を巻き込む事故を起こしたり、とかいうニュースをよく耳にします。
そう、『運命の分かれ道』は突然やってくるのです。
問題は、それに遭遇するタイミングです。
私の場合は、まさにここしかないという絶妙のタイミングで、急性大動脈解離が発症してくれたのでした。
この病気から後遺症を残すことなく生還できた本当の理由は、『運のよさ』が大半を占めていました。
そして、この『運の良さ』が自分の人生の大きな転換点となったのです。

 

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